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ジャン1世 (エノー伯) : ミニ英和和英辞書
ジャン1世 (エノー伯)[じゃん1せい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よ, せい]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [はく]
 【名詞】 1. count 2. earl 3. eldest brother 4. uncle 5. chief official 

ジャン1世 (エノー伯) : ウィキペディア日本語版
ジャン1世 (エノー伯)[じゃん1せい]
ジャン1世・ダヴェーヌ(Jean Ier d'Avesnes, 1218年5月1日 - 1257年12月24日)は、エノー伯ウッファリーズ(現在のベルギーリュクサンブール州)生まれ。父はアヴェーヌ伯ブシャール4世、母はフランドル女伯兼エノー女伯マルグリット2世。異父弟にギヨーム・ド・ダンピエールギー・ド・ダンピエール
1221年に父と母が離婚、1223年に母はダンピエール伯ギヨーム2世と再婚、ギヨーム、ギー、ジャンら3人の子を儲けたが、1244年にマルグリットがギヨームを後継者に指名したことに反発、戦争を起こした(フランドル継承戦争)。1246年フランスルイ9世の調停を受けてエノーを相続することに決まったが、母がエノーを手放さず、翌1247年にフランドルをギヨームに与えたため再戦、1251年のギヨームの死後、その弟のギーとの戦いを継続、1253年にギーに勝利、エノーの領有を果たしたが、1257年に急死した。エノーは子のジャンではなく、母が再び領有した。
== 子女 ==
1246年ホラント伯フロリス4世の娘アーデルハイトと結婚、6人の子を儲けた。
* ジャン2世(1247年 - 1304年) - エノー伯
* ジャンヌ(? - 1304年)
* ブシャール(1251年 - 1296年) - メス司教
* ギー(1253年 - 1317年) - ユトレヒト司教
* ギヨーム(1254年 - 1296年) - カンブレー司教
* フロリス(1255年 - 1297年) - アカイア公イザベル・ド・ヴィルアルドゥアンと結婚。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ジャン1世 (エノー伯)」の詳細全文を読む




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